母が子に本当の幸福について話しました?
第一土曜日の晩が「こんばんは」とやってきました。はじめ君のおうちでは、「ミニ勉強会」がひらかれる夜です。
こんやの先生はおばあちゃんです。
「お母さんもはじめちゃんもカナちゃんも、みんなそろいましたね。ではこれからみんなで神様におまいりしましょう。
どうぞこんやもよい勉強をさせていただけるようにってね」
おばあちゃんはそういって、ご神前のまん前にすわりました。
「はじめちゃんとカナちゃん、きょうはケンカしなかった?」
「ケンカなんかしないよォ、ぼくたちこれで仲いいんだよォ」
「ごめん、ごめん。これはしつれい。いえね、おばあちゃんじゃなかった、わたしはつい、お前さん達がよく言い合っているところ見てるもんだから、よくけんかする子達だな~と思ったからです」
「ホッホホホ…。おばあちゃん先生、それはちょっと間違っていますわ、はじめちゃんとカナちゃんがよく言い合いをしてるのは、かえって仲がいいしょうこなんですのよ」お母さんがさもおかしそうに笑いながらせつめいしました。
「オヤ、そうでしたか。そういえばそうかもしれないねぇ。いつもムッツリだまっているのがいいわけはないからねえ。
こんやは幸福の中の『ワ』ということについて、みんなといっしょに勉強させていただこうとおもったので、はじめちゃんとカナちゃんが、なにかっていうとガヤガヤやってるもんだから取り上げたわけです」
「なあんだ、おばあちゃんあれホントにケンカしてると思ったの」
「そうよ、でもケンカでなくてなによりでした。ところで人は、生まれてから死ぬまで、一ぺんもケンカをしたことがない、なんていう人はめったにないとおもいます。たとえばケンカはしなくても、怒ったことはきっとあると思います。
おばあちゃんはずっと昔の若いとき、女のくせに大変に怒りんぼでしたので、怒るということが、健康のうえからも、心のもちかたのうえからも、どんなに悪い結果を起こすものかを、嫌というほど教えられました。
人にとって一番、幸福の元は、健・和・富の三つだよとあります。この三つの中のどれが一つかけていても、ほんとうの幸福とは絶対に言えません。
それはそうでしょう、だってどんなにお金をくさるほど沢山持っていても、体が弱くて、しょっちゅう病気で苦しんでいたのでは、これは幸せとは言えないよねえ。お医者さんに『先生いますぐ、ほしいだけのお金をあげますから、早く元気にしてください。早く!早く~』と頼んでみたって、これはどうにもなりませんよねえ。
また、体は丈夫なんだけど、家族がみんな欲張り揃いで、早くオヤジ死んじまえ、そしたらゴッソリ遺産がオレの懐に転がり込むから、だとか、兄きばっかりに沢山財産を取られて堪るもんか!絶対平度にわけなきゃ、承知しないぞ、なんて思っている兄弟がいたり、おまえ早く嫁に行けよォ。女はいつまでも家にいるもんじゃないんだゾ、なんて嫌みを言って、姉さんや妹に財産の分け前を、少なく分けることばかり考えている男の兄弟がいたり、人間はお金さえうんと持っていれば、どんなことだって思うままになる、なんていう、とんでもないバカなことを、本気にかんがえている人間が、世の中にはウヨウヨいます。
こういう人間は、人様のことなんか、一ぺんも考えたことはないでしょう。だからもちろん、感謝する気持ちなんかも起こしたこともないと思います。自分ほど偉くて、つよい人間はいないと思っているんだから。そんな考えを持っていると、ほかの人と仲よく暮らして行こうなんて、これっぽっちも思わないでしょう。
人はみんなお互いに助け合ってこそ、生かしていただいているんだということなど、一ぺんもかんがえたことがないだろうと、おばあちゃんは思います。大昔からそんなよくばり人間がいましたけれど、でも今の世の中ほど酷くはなかったんじゃないでしょうか」
「わたしもそう思います。いまは大人ばっかりでなく、子供まで、自分さえ得をすればいいんだっていうよくばりっ子が、いっぱいいるように思います」
と、お母さんもそういいました。
「このあいだの勉強会では、「ワ」ということについておはなししました。
カナちゃん、ワを絵にかいたらどんなになるでしょうね?この黒板にかいてみてください」
「ハイッ」
カナちゃんはおばあちゃん先生のそばにある黒板に、赤いチョークでまるいワをかきました。
「では、はじめ君もかいてください」
「ハイッ」
はじめ君はカナちゃんがかいた、赤い丸のそばに、黄いろのチョークで、カナちゃんの丸の十倍もありそうな、大きい丸を書きました。
「オヤオヤ、二人とも同じように、丸いワをかきましたね。ひょっとしたら四角の形に書くじゃないかナ、と思っていたんですがね。
二人とも正しく書けて、わたしは安心しました」
「だってワといったら、丸いに決まってるじゃない。おばあちゃんは四角のワもあると思っていたの?」
はじめ君は変なことをいうおばあちゃんだな~と、心のなかで思ったのです。
「はじめ君のいうとおりです。ワというのは丸いに決まっているものね。ところで人と人がつきあっていくとき、仲よくしようとおもえば、ニコニコとやさしい、おもいやりのきもちをもつから、トゲトゲしたなんかどこにもありません。
ところが喧嘩をしたり、憎み合ったりしている人は、『エエイッ、こいつめ、どうしてやろうッ』という、恐ろしい気持ちを持つから、目は釣り上がったり、口はへの字に曲がっちゃって、それを絵にかいたら、四角どころか、スゴイの、凸凹した形になってしまうでしょう」
「ボク絵にかいてみようか」
「それはあとでかいてね。いまはおはなしをつづけましょう。
なにがしあわせかといっても、ではお父さんもお母さんも、おばあちゃんもはじめ君もカナちゃんも、みんな仲よく、いつもニコニコと暮らせることほど、幸せなことはないと思います。
もしも、ここへある人がやってきて『おばあさん、いま1億円のお金とお宅の明るくていつも楽しい幸せを私に変えてください』といったら、おばあさんは即座に『いいえお金はいりません。わたしは絶対にこの仲よしの幸せをお金にかえることはできません。
これは大事な大事な、わが家の宝ですから』ってことが分かってしまうでしょう、みんなが仲よく暮らすことほど幸せなことはないでしょう」
「本当にそうですわ。でもね、この幸せはなんの努力もしないで得られるものではないと思います。
いくら遠慮のいらない家族同士だといっても、みんながめいめいに、したいほうだい、わがままかってなことを、言ったりしたりしていたのでは、絶対に仲よし親子にはなれないと思います。
いつでも相手の気持ちを思いやってあげるという、優しい心をなくさないようにしないと、明るい、仲よし家族はつくれないと思います」お母さんがそう言いました。
「お母さんの言われる通りです。わが家がこんなに明るくたのしいのは、なんといってもお母さんが、いつも暖かい心を配って下さるからです。
さあ、ここでみんな一緒に、お母さんにありがとうと感謝しましょう」
「さんせーい」
「サンセーイッ」
「お母さんほんとに、本当にありがとう」
「アラ!これは大変、お母さんばっかりが偉いんじゃありません。おばあちゃんがいつも、どんなにお母さんをかばって、励まして下さっているかわからないのよ。
うちで一番気を配って下さるのはおばあちゃん先生です。おばあちゃんありがとうございます!」
「じゃア、おばあちゃんありがとう!」
「ありがとう おばあちゃん!」
「どうもみなさん ありがとうございます。みなさんにお礼をいってもらって、おばあちゃん少し照れてしまいました。でもとてもうれしいですよ」
そういっておばちゃんは、お母さんと顔を見合せて、さも嬉しそうにホッホホホと笑いました。
母と子の話を終ります。