2009年9月17日木曜日

WHOが新型インフルエンザの世界的大流行宣言!

世界保健機関(WHO)が新型インフルエンザ(パンデミック)の
    世界的大流行を宣言!!
(7月11日現在)


1・国内感染者 累計1500人を超える!
・国内で確認された新型インフルエンザの感染者が、७

7月3日、1500人を超えた事が、厚生労省 の まとめで明らかになった。

 厚生労働省によりますと、7月3日午前6時までの24時間に、名古屋市や横浜市など合わせて76人        が新たに新型インフルエンザに感染していることが確認され、その結果、国内で確認された確認数は、青森、山形、福井の3県を除く44都道府県で合わせて1501人になったと発表! ここ数日は1日に50人から100人ほどのペースで新たな感染者が見つかり、5月中旬に神戸市で初めて感染者が確認さ れてから2ヵ月足らずで1500人を超えたことになります。
2・タミフル耐性新型インフルエンザを日本国内で初めて大阪で確認される。
・厚生労働省は、大阪府が6月18日にタミフル耐性を示す遺伝子変異を持つ新型インフルエンザを 確認したと発表した。 国内で薬剤耐性の遺伝子変異が確認されたのは初めてである。
3・ワクチン製造量大幅下方修正される!
・今年の年末までに作られる新型インフルエンザのワクチンの量が、当初の計画を大幅に下回り、1400万人分から1700万人分にとどまる見通しになったと発表した。 原因は製造元になるウイルス株の増殖力が弱いいうことであります。 厚生労働省はウイルスの改良等を進めることにしている。
4・東大医科学研究所、河岡義裕教は新型インフルエンザ、重症化を懸念!
  ・インフルエンザウイルス研究の第一人者、河岡義裕教授が7月3日、東京都内で新型インフルエ     ンザについて重症化への懸念を示した。

  又、同教授は、「もはや数をリポートする意義はゼロ。それくらいウイルスは広がっている。」と指摘。 「季節インフルエンザと変わらないというのは誤解」とし、季節インフルエンザが鼻やのどにしか増えないのに対し、新型は肺でも増殖するとの実験結果を示した。

5・愛知、岐阜で新たに新型インフルエンザ20人感染!
  ・愛知、岐阜で7月3日、計20人の新型インフルエンザの確認されました。

  これで愛知県の感染者は173人となり、岐阜県32人となりました。

6・感染者へのバッシングも潜在化、陰湿化している。

7・海外での新型インフルエンザ状況

 世界120ヶ国地域で77201人感染、331人死亡!

 ・米国国内感染者は、CDC発表によると推定100人になると予測している。

 ・デンマークでタミフル耐性ウイルスを確認される。

 ・アルゼンチでは新型インフルエンザ拡大で首都全域に非常事態発令される。

 ・英国が新型インフルエンザ対策見直し、感染者1日10万人も視野に入れる。

こうした状況にあって私達は今何を考え何を成すべきかを思った時に大いに反省をする時では無いかと思います。考えて見てください!嘗て牛の狂牛病や鳥フルエンザが発生して、今度は豚インフルエンザが発生し、世界的に拡大しました。私は、人間が自然を破壊し、命ある動植物を人間の金儲けというエゴで生命を持つ動物を残酷に扱った為、動植物が今人間を恨み報復しているとしか思えないのあります。皆さんは、どうお考えでしょうか?

2009年9月16日水曜日

世界保健機構(WHO)が新型インフルエンザ 最高警戒のフェーズ6に 引き上げ!



インフルエンザの脅威について

本年の4月2日にメキシコから不幸な知らせが飛び込んで来ました。
豚インフルエンザが報じられました。
新型インフルエンザA.H1N1の流行であります。
H1N1はメキシコに於いて急速に拡がり世界各国に伝播しつつあります。
わが国日本にも多数の感染者が出ておりますが、6月に入り政府は、日本でのインフルエンザは、終息宣言を出しましたが、終息宣言後も九州にも感染者が出、北海道では初めての感染者が出たり、全国で400名以上の感染者が出ております。

世界では南米のチリ、オーストラリア等南半球では冬季を迎えて猛烈な往きよいで拡大しております。
こうした状況化で、世界保健機構(WHO)ではフェーズ5からフェーズ6に引き上げられました。

このインフルエンザの菌の大きさは0.1.1万分の1mmと言われております。

世界保険機構(WHO)の6段階の警戒水準があります。

流行の段階             定義
フェーズ1    【新型インフルエンザ未発生】
         人に感染を引き起こす動物のインフルエンザ・ウイルスは
         確認されていない。

フェーズ2 【新型インフルエンザ未発生】(動物から感染のリスク)
        家畜或いは野生動物で拡がっている動物のインフルエンザ・
        ウイルスが人へ感染した事を確認し、大流行の潜在的な脅
        威と認識される。
     
フェーズ3 【動物から人の新たなインフルエンザ感染があるが、人から人
       への感染は基本的になし】
       動物、又は人と動物のインフルエンザ混合ウイルスが散発的
       に人に感染するか、小集団の人間で感染しているもの。
       地域単位での人から人への感染には至っていない。

フェーズ4 【新型インフルエンザが小さな集団で発生】
      動物、又は人と動物のインフルエンザ混合ウイルスが人から
      人への感染を継続して地域単位で起こしている事を確認。
      大流行に移行する可能性がある。
        
フェーズ5 【新型インフルエンザがより大きな集団で発生】
      そのウイルスによる地域単位の感染が一つのWHO管轄地
      域内の2ヶ国以上で起きており、大流行直前の兆候がある。

フェーズ6 【新型インフルエンザが一般社会に急速に拡大(パンデミック)】
       大流行。フェーズ5の状況に加えて別のWHO管轄地域内で
       も一つ以上の国で地域単位の流行が起きている。

この様に、WHO(世界保健機構)より段階が示されております。
最初の発表は、フェーズ3でありましたが、すぐにフェーズ4になり、フェーズ5に上がり、爆発的な感染即パンデミック(pandemic)直前であると警告が発せられておりました。

そして、6月11日にWHOはついにフェーズ6という感染即パンデミック(pandemic)と発表したのです。
つまり、世界的大流行となってしまいました。

日本においてもこれから冬季に向かって適切な対策が望まれます。
それと同時に個人においても自己防衛と対策をしておくことが、大切であります。

2009年9月15日火曜日

ララ物資その2

ララ物資の真理
第二次世界大戦後、わが国は、衣食住すべての面において、極端な窮乏状態になりました。「腹を空かせ、病に苦しむ日本の子供たちを救おう」と、食料品や医薬品さらには日用品などの膨大な救援物資が「ララ物資」あるいは「ケア物資」として海外のNGOの手により届けられ、
1946年から1952年までの間に、1,400万人以上、即ち当時の日本人の6人に1人の割合でその恩恵を受けたと言われます。  
外務省の資料によると、ララ物資については、「多数の国にまたがり、多くの民間人、民間団体からの資金や物資の提供であったため、その救援総額は不明であるが、膨大な額であったと思われる」と記されており、非常に多くの人々の善意の賜物であり、汗の結晶を頂いたことを忘れてはならないと思います。そして、その陰には、米国在住の一人の日本人の並々でない努力と貢献によるものであることを「感謝」をもって長く記憶しておきたいと思います。 
 サンフランシスコに在住していた浅野七之助氏(盛岡出身、1900~1998年)は、戦後、米国在住の日系人の権益回復・擁護のため、日夜、奔走していましたが、戦後日本の窮状を知り、「一食を分かち、一日の小遣いを割いても、援助することは、良心的な義務」として、1945年11月に同士10人足らずで「日本難民救済有志集会」を開き、邦字紙「ロッキー新報」に「故国の食糧危機重大」と題する記事を載せ、救済運動の盛り上げを図りました。 
 そして翌1946年1月に「日本難民救済会趣意書」を起草し、サンフランシスコ湾東地区在住の日系人を中心として集めた浄財で物資を購入し、「海外事業篤志団アメリカ協議会」を通じて日本に送ろうとしたが、同協議会はヨーロッパの戦災難民救済を対象としており、日本には送ることはできないことが判りました。そこで、川守田牧師らを通じて宗教団体に働きかけ、大統領直轄の救済統制委員会に「日本難民救済会」を公認団体とするように陳情しました。
  1946年9月、漸く認可に漕ぎ着け、日本に救援物資を送ることができる公認の団体・LARA(Licensed Agencies for Relief of Asia)として発足することができましたが、認可取得に当たっては、後にLARA中央委員会委員として継続的に活躍されたE.B.Rhoads女史(1896~1979)の尽力が大きく貢献いたしました。
  同女史は、1917年、21才の若さで東京フレンド女学校(現 普連土学園)の教師として来日。またフレンド流(クェーカー教徒)の牧師として滞日していたが、太平洋戦争が始まると同時に帰国しました。しかし、米国では転住所(戦時中における日系人の強制収容所)につながれ、多数の日系人の世話をすると共に、国務省に「日本爆撃即時停止」の嘆願をするなど、平和促進運動に努められました。そして浅野七之助らが「日本難民救済会」を公認団体として救済統制委員会に申請したときに、いち早くこれをとりあげ、ライセンス取得のために尽力しました。その後は、再度来日して、ララ中央委員として活躍する一方、バイニング夫人のあとを受けて、皇族の英語教師を務められた方です。
  これら関係者の献身的な努力が実り、救済品を満載したハワード・スタンバーグ号は、クリスマスに間に合うように早くも1946年11月30日に横浜港に到着しました。さらに1948年には、6大都市の約300ヶ所の保育所でララ物資による給食が開始されました。
  ララの認可に伴って、日本難民救済会の運動は、米国、カナダ、メキシコ、ブラジル、チリ、アルゼンチン、ペルー等南北アメリカ大陸に除々に拡大していきました。

2009年9月14日月曜日

ララ物資その1

ララ物資についてとは

ララ(LARA;Licensed Agencies for Relief in Asia:アジア救援公認団体)の提供していた日本向けの援助物資のこと。
ララはアメリカ合衆国救済統制委員会が1946年6月に設置を認可した日系米国人の日本向け援助団体。 1946年1月22日にアメリカサンフランシスコ在住の日系人浅野七之助が中心となって設立した「日本難民救済会」を母体としている。南北アメリカ大陸在住の日系人が寄附の中心となり、主な支援物資は長期間の輸送を考慮して脱脂粉乳と衣類であった。
当時アメリカにおける対外的な慈善活動は海外事業篤志団アメリカ協議会(American Counsel of Voluntary Agency for Work Abroad)が担っていたが、その対象地域は欧州のみであり日本は含まれていなかった。そのため、日本に対する援助物資輸送のために新たな援助団体を設立する必要があった。反日感情が残るなかでの「アジア救援公認団体」認可に際しては知日派のキリスト友会員の協力によるところが大きい。
なお、日本国内での物資配付にあたっては連合国軍最高司令官総司令部の意向により日系人の関与について秘匿され、アメリカからの援助物資として配付された。

2009年9月13日日曜日

日本は自らの可能性に自信を持つべきである。


よく「欧米に比べたら日本は遅れている」とか「理想にはほど遠い」等良く聞きますが、しかし、一国がすべてにおいて1番などという事は有り得ない事であり、理想はあくまで理想であり、日本はもっと自らの力と可能性に自信を持つべきであります。
 最近、格差について問題化されておりますが、同じように問題になっているのは、貧困であります。
勿論貧困というのは良くないのは当然でありますが、日本で言います貧困は、相対的なものな貧しさであって、インドやアフリカで日常的に出会う死と隣り合わせの絶望的な貧困とは程度が違います。
 日本は、現在地方の再生・教育・年金・医療等さまざまな難問に直面しておりますが、NPO法人が行った調査では80%を越す人が「日本に生まれてきて良かった」とか「日本が好きです。」と答えたと言われています。
よく悲観者が言いますのは、ご飯がお椀に半分位入っている前で「半分しかない」と嘆くが、日本は豊富な技術と恵まれた自然、治安の良さ、新しい時代に向けた知恵等、どれを取ってもお椀いっぱいの夢と可能性を持つ国だと思うのです。
 だが、日本人は戦後、物質的豊かさを求め過ぎました。それゆえに今こそ悲観論と決別して、明るい日本を目指すべきであるのではないかと思います。
それが精神的な豊かさつながり、世界に対して貢献するミチではないかと思います。
迷走する政治以外は、日本はそれを十分相応しい国であると確信しております。

2009年9月12日土曜日

日本は危機経験者としての責務がある。

危機経験者としての責務
米国のオバマ新大統領は就任式で、「変革」「希望」というキーワードを使い国民が結束して「新しい責任の時代」であり、国民に責任分担を求めました。
この世界金融経済危機の時に金融危機経験者として日本に大きな責務があると思います。
先だって新聞に日本の国力が低下と報じていた記事がありましたが、私は決して日本の国力が低下しているとは思いません。
日本の国力が落ちているのではなく、日本の実力に見合った主張、メッセージが不足しているのが現状ではないかと思います。
それ故に世界に向けて発言するのは金融危機経験のある日本にその責務が当然ある思います。
 そうでなくとも変化の時代には、新しいでの発言力の確保を目指して各国が一段と激しい主張を展開すると思われます。
発言をためらえば、その分、日本は国際社会に理没する事となるでしょう。多極化の中で引き続き日米同盟を維持・強化するには日本の積極的なメッセージの発言こそ必要ではないだどうかと思います。
日本は世界が今後、直面する諸問題を一足早く体験し、豊富な経験と知恵を培ってきました。環境保全、エネルギー・産業廃棄物対策、ヒートアイランド、食の安全、少子化と高齢化等。
いずれも各国が避けて通れぬテーマであります。
つい最近のことでありますが、現代アメリカ文明の象徴でもあった米ビック3を日本の自動車メーカーが追い越して世界に衝撃を与えました。
決め手となったエコカーの開発に対する日本メーカーの高い技術力と公害の取り組みを通じて国民の間に育った環境重視の気風がエコカーの開発と普及を後押しした事が何よりも大きいと思います。
21世紀は資源の争奪が激化してゆくと思われます。その中にあって日本が蓄積した高度の環境先端技術、省エネ技術は環境再生だけではなく、製造コストの面からも間違いなく世界基準となるでしょう。
中国やインド等が今後更に成長を続けて行くでしょうから、日本の協力が不可欠となると思います。
蓄積された経験や知恵は人類共通の財産として共有されるべきであります。

2009年9月11日金曜日

世界における日本の位置

日本の位置
いつも新聞を読んでおりますと、連日のように日本の現状、将来を暗く悲観的にとらえる記事が掲載されております。
世界同時不況の影響は大きく、日本にも荒波が押し寄せて来て雇用問題を始めとする問題が山積されております。
日本に問題がない等とは言わないが、世界を見てみると私は日本ほど素晴らしい国はないと思う。
金融危機の中で「円」に対する信頼は高く、日本が果たすべき役割も多く、悲観ばかりしていたのでは、できる事も出来なくなる。
世界が大きく変わろうとしている今、自虐的(じぎゃくてき)な悲観主義との決別こそ必要ではないだろうかと思います。
「景気悪化」「雇用危機」「生活破壊」いった言葉が米国発の金融危機以来、新聞紙面には連日報道されております。
確かに各国の経済、金融が密接に結び付くグローバル化の時代にあって、日本だけが無縁ということはあり得ないと思いますが、金融危機が表面化する直前の昨年夏、1万2000円台だった日経平均株価は8000円台に落ち込んでおります。
これは、おそらく輸出依存型の日本経済に対する不況の影響を懸念してのことだと思われます。
しかし、その一方で1㌦=110円前後でありました為替レートは90円前後まで急騰し、ユーロ等他の通貨との関係でも独歩高が続いております。
日本の金融システム、経済に対する高い信頼と期待があると思わざる得ないのです。
その日本は1990年代にバブルの崩壊で深刻な金融危機に直面しましたが、もちろん今回の世界に拡散した今回の金融危機とは規模や質とも違いますが、日本が世界の金融システムの安定に貢献できる範囲と役割は大変に広いと思います。