金融危機によるリスクと利益の関係
現在、米国のサブプライムローン(低所得者向け高金利型住宅ローン)問題をきっかけとした世界の金融収縮により、多くの国で経済危機が発生している。
この原因の一つに金融工学というものにも原因があるように思われる。
この概念で重要なのは、なんと言ってもリスクマネジメントであろうと思われる。
当たり前のことでご存知と思いますが、リスクというのは、投資したお金に関する損失であり、マネジメントとは、基本となる理論と多くのデータから結果を推定し、損失を少なくする方法を考えることであります。
昔イギリスが経済繁栄した時代は、投資家達がインドに航海する船を購入して、命知らずの乗組員を雇って、お茶、香辛料や綿製品などをヨーロッパに持ち帰った。それが莫大な利益を生む投資となった訳です。
だが、東方へ向かう航路を往復する船は、途中で嵐に遭ったり海賊に襲われたりして、船がイギリスに戻ったときには、乗組員の80%以上が死んでしまったこともあったりして、大きなリスクになる事もあった。
しかし、うまくいけば、それだけの儲けを得る事ができる。
従って、利益が大きいほどリスクも大きくなるわけです。
リスク、すなわち投資したお金が戻ってこない可能性を金融工学を用いて解折して、そのリスクに見合うリターン(利益)が得られるなら、投資は正解と言えるだろうと思われる。
金融工学は少数の事象では役に立たない
こうした投資案件を多数ミックスして、リスクを負ったときの損失補てんなどのメカニズムを加え、少なくとも「数学的には」妥当な金融商品が世界中で販売されています。
だが、この金融工学には仮定が多い、ボラティリティー(科学変動の比率)が一定であるとか、市場は効率的(すべての情報は金融市場に反映される)であるなどの仮定であります。
こうした仮定は、長期的には正しいかもしれないが、短期的なものになると正しくない場合がある。
それから、多数の投資案件に関する総合的なリスクの算出は相当困難であると思われます。
例えば、私が風邪で寝込む確率が0・01で1年間に3~4日あるとしますと家族が風邪で寝込む確率が0.02で一年間に7日あるとします。
このとき2人同時に風邪で寝込む確率は、2つの事柄が独立に生じますと、両方の確率の積となり、0.0002で14年間に1日となります。
しかし、家族が風邪をひけばそれが他の人に感染することも多くあり、2人同時に寝込む確率は0.02に近ずきます。
さらに、過去のデータの統計解析で得られるデータは、将来の長期間の事象に対する統計値としての意味はあっても、将来の短期間の変動を予測することは困難であります。
じゃんけんで勝つ確率で考えますと、勝つ確率は0.5であり、100回やれば勝率は、約40%~60%となります。
この勝率は、10回の勝負では18~82%なり、大きく変わります。
もちろん、1回の勝負で勝率を考えると0~100%と正しく大きな変化があるという事になります。
これは、どういう事かというと統計的に正しい結果は、多数繰り返した場合の統計値として使える事ができるが、少数の事業にはあまり役に立たなくなる。
つまり、洗濯機が故障する確率は、メーカーとして修理要員の数を決めるのに役立ち、火災が起きる確率は火災保険の保険金額を決めるのに役立つが、それらに関係する個人としては大きな意味はなくなるのです。
加速する金融危機
もう1つ重要な問題は、金融工学の発達とコンピューターの利用で、金融商品の売買に類以のルールが適用され、動きが同じ方向に流れる危険性が多くなった事が挙げられるということであります。
これは、最悪の結果になることがあるといえます。
例えば、カーナビで考えますと、渋滞した道を避けて、空いている裏道を教えてくれます。
ところが、このカーナビを全員の人が持つと、裏道はすぐに混雑してしまって、渋滞を回避するという事の意味が無くなってしまいます。
そうなれば、その裏をかいて渋滞した道を行った方がスムーズに走れます。
このように考えますと、金融危機は、法律を用いて人為的に止めない限り、金融危機はますます大規模になってしまうということになります。
航空機や原子力発電所のリスクマネジメントによって最小限に事故確率は抑えられ、今ではヒューマンエラー(人為的な過ち)だけがかなりの部分残ることになってしまった。
一方、金融商品の売買での儲けはヒューマンエラーだけで成り立ってしまい、本質的にゼロサムゲーム(合計がゼロになるゲーム)つまり全員が勝つことができないものになっています。
これからの金融政策は、誰かを敗者にすることで得られる繁栄でなく、みんなが少し身を削り、欲望をコントロールして、世界をどん底に陥れる罠から逃れられるものでなくてはならないと思います。
2009年8月15日土曜日
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