2009年8月25日火曜日

新年になって火災が多く発生して幼い命が!!

  年始から死者の出る火災が多発しています。

気象庁によると、本州上空では昨年から西高東低の冬型の気圧は配置が続き、特に太平洋側では、空気が乾燥して火災が起きやすい、状態が続いているということです。

一月には富山県南砺市で住宅から出火し、男女六人が死亡。六日には東京都東大和市の商店街が焼け女児が死亡。

さらに千葉県松戸市の団地から出火し幼児三人が死亡するなど、今年になって全国で少なくとも二十件の火災で二十九人が死亡しています。

消防庁は「今後も乾燥状態が続くので、火の元を再度確認してほしい」と注意を呼びかけています。

しかし何故幼児が犠牲になるのでしょうか?

幼児が犠牲になるときは殆どが親が居ないときであります。

この痛ましい事故を回避するためには、被害を受けた方の親御さんには大変に気の毒で、厳しい言葉になるでしょうが、一寸親御さんが気を付ける事により回避されます。

このような火災は、決まって幼い子供さんが一人で居るときであります。

それだけに親御さんは子供に目を向けしっかりとコミニューケーション持つことが望まれます。

今は地球温暖化により冬でも年々暖かくなり乾燥する日が続いているので十分に気を付けて日頃から子供さんとコミニューケーションを持って子供の行動を把握しておく必要があります。

痛ましい事故が少しでもなくなるように願っております。



2009年8月24日月曜日

Hey!Say!JUMPの歌詞

歌詞のメンバーは、有岡大貴、高木雄也、伊野尾慧、八乙女光(Ya-Ya-yah)、藪宏太(Ya-Ya-yah)の高校生5名からなる「Hey!Say!BEST」と、中島裕翔、山田涼介、知念侑李、森本龍太郎、岡本圭人の小中学生5名からなる「Hey!Say!7(ヘイセイセブン)」によって構成される、全員平成生まれの10人組みグループです。このユニット名の「JUMP」は、「Johnny's Ultra Music Power(ジャニーズ・ウルトラ・ミュージック・パワー」の略と言う事らしいです。 それと、「平成時代に高くジャンプしていく」という意味も持つそうです。まあ!兎も角若い子ばかりで、見ていてとても可愛いくあどけなさがあってつい応援したくなりますよ!それと、彼らが歌詞に合わせて元気良く踊っている姿をテレビ等でも見ていても、何か若いエネルギーをもらうような気して、若返りますね。が歌う曲も 歌詞もとてもよいですね。これからの活躍が楽しみであります。

2009年8月23日日曜日

ケインズ像を語る書

ケインズ像を語る書  

多面的な天才であったと言われるケインズについて書かれた著作は多いが、あえてジル・ドスタレールはそのことを重々承知の上に書いたと思われる「ケインズの闘い」の特徴は、たんに経済学者としてのケインズの仕事の評価でだけでなく、ケインズの倫理学、政治、芸術などとの関連まで行っていた事を取り上げて、ケインズが社会についての総合的な理解を提示していた事実を強調していることである。
 ケインズという人のイメージはいままでは、不況時の赤字財政による公共投資政策と結び付けて語られる事が多いだけに、そのような語りは私達にとって啓発的であると思われる。
しかし、一次文献まで渉猟した著者のジル・ドスタレールの仕事は、必ずしもオリジナルというわけではないと思うが、私達、読者がケインズという20世紀が生んだ偉大な英国人を知るには大変に興味深いものである。
 更に特徴をあげれば、社会主義崩壊後のケインズの考え方や理論の再評価をしているものと思われる。
ベルリンの壁崩壊後、「市場原理主義」や「新自由主義」が経済論壇を席巻したが、最近になってようやく市場経済に頼っていただけでは経済格差などが拡大し、社会的公正を確保できないことが
私達にも問題視できるようになった。
ケインズという人は、早い段階から、経済効率と個人の自由と並んで社会的公正を適切に組み合わせなければ政治問題を解決できないという認識もっていたが、ジル・ドスタレールは、ケインズがその問題を「十分に組織されていない社会や人間的誤謬の結果」であると考えた上で、いわゆる自由放任主義の弊害を具体的に論じている。
 特に著者のジル・ドスタレールのケインズ経済学の解釈に異論はないが、ケインズが幅広い活動を総体的に提示しようとした事に賞賛をしたいと思う。
多少大部の書であるが関心のある方には一読することを勧めたい本である。

「ジル・ドスタレール」
1946年、カナダ生まれ。
著書にハイエクの自由主義などがある。

2009年8月22日土曜日

父が子に語る昔話しその2

父親がはだか兎という童話の続きを話しました。

「そこでいろいろと考えたすえ、悪いとは知りながら、海にすんでいるワニを騙すことにしました。
さっそく海岸に出かけて行って、遊んでいる沢山のワニ達にむかって、『ヤアヤア、ワニ君たちとわたしたちと、どちらが大勢の仲間をもっているか、一つ調べてみようじゃないか』
 と話かけました。するとワニたちは本気になって
 『ウン、それは面白い。いくらお前達がき気張っても、とてもオレたちワニ仲間にはかなわないよ。これからくらべっこしてみよう』
 といいだしました。
 『よしッ、じゃ~ここから向こうの気多の岬までならんでごらん。わたしがその上を渡りながら教えてみるから』
 正直なワニたちは、すっかり私の言う通りになって、仲間をよび集めて、沖から因幡まで、背中をならべて道を作ってくれました。
 私はワニの背中の上を、『ヒイ、フウ、ミイ、ヨウ』とかぞえながら、ピョンピョンととびわたってゆきました。
 さあ、いよいよ向う岸につくという時です。バカな私はつい、いい気になって、
 『ヤ~イお前さんたち、オレに騙されたな~。お前さんたちは、オレの飛石がわりになったんだぞ~』
 とさけんでしまったのです。
 さあ大変です。ワニたちの怒ったこと、怒ったこと。岸にとび上がろうとした私を、海の中へ引きずり込むと、仲間みんながよって、たかって、さんざん私をぶったたいた上、とうとう大事な毛皮を、すっかり引っぱいでしまいました。
 もともと私が悪いのですから、誰を恨むこともありません。
 しかたなく、ここでこうして泣いていましたら、さっきここを通りがかられた大勢の神様が、潮水を浴びて、風に当たっていれば良いと教えて下さったものですから、その通りにしたら、よくなるどころか、肌がさけて血だらけになってしまいました。」
兎はそういって、「あ~痛い、あ~痛い」とまた、泣きだしました。
 赤裸になって、痛い痛いと泣き叫んでいる兎をご覧になって、優しいお心の大国主命は、大変かわいそうにお思いになりました。
 「そりゃ~気の毒だったなァ。よし、わしが助けてやるよ。
 さァ、すぐに川へ飛びこんで、体についた潮を洗い落しておいで。
 それから蒲の穂先を一杯つみ集めてきて、その上をころがれ。
 ぬれた体に満遍なくくっついて、たちまち元の、真白な毛皮になるよ」
 命はそう教えておやりになりました。
 兎はさっそく、命に教えられたとおりにしましたら、なんと命がおっしゃったとおりに、体の痛みが、ピタッと止ったばかりでなく、いつの間にか元通りの、真白な毛に包まれているではありませんか!
 「ワァー、ワァー、うれしい、うれしい」
 白うさぎはあんまり嬉しくて、嬉涙が一杯でてきました。
 「命様ありがとうございます。お陰さまで、こんなに早く、元通りの姿になれました。
 あの八十神様たちは、どんなにおめかしをしても、ぜったいに八上姫には好かれないでしょう。
 あなた様はそんなに、みすぼらしいお姿ですが、きっと、八上姫様がお妃様におなりになられましょう」
 そういって、白うさぎは何遍も、なんべんもお礼をいいながら、ピョンピョンと山の方へ、とんで行きました。
 八十神たちは八上姫のところへ出かけて行って、一人一人に一所懸命に、
 「どうかわたしのお妃になってください」
 とお願いしました。けれども八上姫は、誰にも、「ハイ、なります」と、いいませんでした。
 そうして白兎がいったとおりに、一番みすぼらしい格好をしていた大国主命に、
 「あなたのお妃になります」
 と、お返事をなさったので、八十神たちは忌々しくて堪りません。
 しかたなく八十神たちは、弟の大国主命をせきたてて、ほうきの国の手間の山というところまで来ました。
 ここはひるまでも、うすぐらく感じるほどの深い山です。

2009年8月21日金曜日

母と子の話し「本当の幸せ」

母が子に本当の幸福について話しました?

 第一土曜日の晩が「こんばんは」とやってきました。はじめ君のおうちでは、「ミニ勉強会」がひらかれる夜です。
 こんやの先生はおばあちゃんです。
 「お母さんもはじめちゃんもカナちゃんも、みんなそろいましたね。ではこれからみんなで神様におまいりしましょう。
 どうぞこんやもよい勉強をさせていただけるようにってね」
 おばあちゃんはそういって、ご神前のまん前にすわりました。
 「はじめちゃんとカナちゃん、きょうはケンカしなかった?」
 「ケンカなんかしないよォ、ぼくたちこれで仲いいんだよォ」
 「ごめん、ごめん。これはしつれい。いえね、おばあちゃんじゃなかった、わたしはつい、お前さん達がよく言い合っているところ見てるもんだから、よくけんかする子達だな~と思ったからです」
 「ホッホホホ…。おばあちゃん先生、それはちょっと間違っていますわ、はじめちゃんとカナちゃんがよく言い合いをしてるのは、かえって仲がいいしょうこなんですのよ」お母さんがさもおかしそうに笑いながらせつめいしました。
 「オヤ、そうでしたか。そういえばそうかもしれないねぇ。いつもムッツリだまっているのがいいわけはないからねえ。
 こんやは幸福の中の『ワ』ということについて、みんなといっしょに勉強させていただこうとおもったので、はじめちゃんとカナちゃんが、なにかっていうとガヤガヤやってるもんだから取り上げたわけです」
 「なあんだ、おばあちゃんあれホントにケンカしてると思ったの」
 「そうよ、でもケンカでなくてなによりでした。ところで人は、生まれてから死ぬまで、一ぺんもケンカをしたことがない、なんていう人はめったにないとおもいます。たとえばケンカはしなくても、怒ったことはきっとあると思います。
 おばあちゃんはずっと昔の若いとき、女のくせに大変に怒りんぼでしたので、怒るということが、健康のうえからも、心のもちかたのうえからも、どんなに悪い結果を起こすものかを、嫌というほど教えられました。
 人にとって一番、幸福の元は、健・和・富の三つだよとあります。この三つの中のどれが一つかけていても、ほんとうの幸福とは絶対に言えません。
 それはそうでしょう、だってどんなにお金をくさるほど沢山持っていても、体が弱くて、しょっちゅう病気で苦しんでいたのでは、これは幸せとは言えないよねえ。お医者さんに『先生いますぐ、ほしいだけのお金をあげますから、早く元気にしてください。早く!早く~』と頼んでみたって、これはどうにもなりませんよねえ。
 また、体は丈夫なんだけど、家族がみんな欲張り揃いで、早くオヤジ死んじまえ、そしたらゴッソリ遺産がオレの懐に転がり込むから、だとか、兄きばっかりに沢山財産を取られて堪るもんか!絶対平度にわけなきゃ、承知しないぞ、なんて思っている兄弟がいたり、おまえ早く嫁に行けよォ。女はいつまでも家にいるもんじゃないんだゾ、なんて嫌みを言って、姉さんや妹に財産の分け前を、少なく分けることばかり考えている男の兄弟がいたり、人間はお金さえうんと持っていれば、どんなことだって思うままになる、なんていう、とんでもないバカなことを、本気にかんがえている人間が、世の中にはウヨウヨいます。
 こういう人間は、人様のことなんか、一ぺんも考えたことはないでしょう。だからもちろん、感謝する気持ちなんかも起こしたこともないと思います。自分ほど偉くて、つよい人間はいないと思っているんだから。そんな考えを持っていると、ほかの人と仲よく暮らして行こうなんて、これっぽっちも思わないでしょう。
 人はみんなお互いに助け合ってこそ、生かしていただいているんだということなど、一ぺんもかんがえたことがないだろうと、おばあちゃんは思います。大昔からそんなよくばり人間がいましたけれど、でも今の世の中ほど酷くはなかったんじゃないでしょうか」
 「わたしもそう思います。いまは大人ばっかりでなく、子供まで、自分さえ得をすればいいんだっていうよくばりっ子が、いっぱいいるように思います」
 と、お母さんもそういいました。
 「このあいだの勉強会では、「ワ」ということについておはなししました。
 カナちゃん、ワを絵にかいたらどんなになるでしょうね?この黒板にかいてみてください」
 「ハイッ」
 カナちゃんはおばあちゃん先生のそばにある黒板に、赤いチョークでまるいワをかきました。
 「では、はじめ君もかいてください」
 「ハイッ」
 はじめ君はカナちゃんがかいた、赤い丸のそばに、黄いろのチョークで、カナちゃんの丸の十倍もありそうな、大きい丸を書きました。
 「オヤオヤ、二人とも同じように、丸いワをかきましたね。ひょっとしたら四角の形に書くじゃないかナ、と思っていたんですがね。
 二人とも正しく書けて、わたしは安心しました」
 「だってワといったら、丸いに決まってるじゃない。おばあちゃんは四角のワもあると思っていたの?」
 はじめ君は変なことをいうおばあちゃんだな~と、心のなかで思ったのです。
 「はじめ君のいうとおりです。ワというのは丸いに決まっているものね。ところで人と人がつきあっていくとき、仲よくしようとおもえば、ニコニコとやさしい、おもいやりのきもちをもつから、トゲトゲしたなんかどこにもありません。
 ところが喧嘩をしたり、憎み合ったりしている人は、『エエイッ、こいつめ、どうしてやろうッ』という、恐ろしい気持ちを持つから、目は釣り上がったり、口はへの字に曲がっちゃって、それを絵にかいたら、四角どころか、スゴイの、凸凹した形になってしまうでしょう」
 「ボク絵にかいてみようか」
 「それはあとでかいてね。いまはおはなしをつづけましょう。
 なにがしあわせかといっても、ではお父さんもお母さんも、おばあちゃんもはじめ君もカナちゃんも、みんな仲よく、いつもニコニコと暮らせることほど、幸せなことはないと思います。
 もしも、ここへある人がやってきて『おばあさん、いま1億円のお金とお宅の明るくていつも楽しい幸せを私に変えてください』といったら、おばあさんは即座に『いいえお金はいりません。わたしは絶対にこの仲よしの幸せをお金にかえることはできません。
 これは大事な大事な、わが家の宝ですから』ってことが分かってしまうでしょう、みんなが仲よく暮らすことほど幸せなことはないでしょう」
 「本当にそうですわ。でもね、この幸せはなんの努力もしないで得られるものではないと思います。
 いくら遠慮のいらない家族同士だといっても、みんながめいめいに、したいほうだい、わがままかってなことを、言ったりしたりしていたのでは、絶対に仲よし親子にはなれないと思います。
 いつでも相手の気持ちを思いやってあげるという、優しい心をなくさないようにしないと、明るい、仲よし家族はつくれないと思います」お母さんがそう言いました。
 「お母さんの言われる通りです。わが家がこんなに明るくたのしいのは、なんといってもお母さんが、いつも暖かい心を配って下さるからです。
 さあ、ここでみんな一緒に、お母さんにありがとうと感謝しましょう」
 「さんせーい」
 「サンセーイッ」
 「お母さんほんとに、本当にありがとう」
 「アラ!これは大変、お母さんばっかりが偉いんじゃありません。おばあちゃんがいつも、どんなにお母さんをかばって、励まして下さっているかわからないのよ。
 うちで一番気を配って下さるのはおばあちゃん先生です。おばあちゃんありがとうございます!」
 「じゃア、おばあちゃんありがとう!」
 「ありがとう おばあちゃん!」
 「どうもみなさん ありがとうございます。みなさんにお礼をいってもらって、おばあちゃん少し照れてしまいました。でもとてもうれしいですよ」
 そういっておばちゃんは、お母さんと顔を見合せて、さも嬉しそうにホッホホホと笑いました。
            
                         母と子の話を終ります。

2009年8月20日木曜日

母と子の話し!大切なものとは?

      母と子が話しました!一番だいじなものは?            
 
 はじめ君の家へ、いつものように、近所のお友達の、のぼる君と健一君が、あそびにきました。
三人とも同じ小学校の、仲良しの五年生です。はじめ君のお母さんからもらったおやつを食べながら、健一君が「世界の人間にとって、一番だいじなものはなんだかわかる?」と、ききました。
 「それはさァ、お金だよ、もちろん」と、のぼる君がさも自信たっぷりに答えました。 しばらく考えていたはじめ君が「お金もだいじだけどさァ、もっとほかにないかなァ…」と、しきりに首をかしげています。
 するとのぼる君が、そんなに考えるのおかしいよ、といわんばかりに「ぼくもお金だと思うよ。だってお金がなかったらさ、なんにもできないし、死んじゃうと思うよ」と、もんだいを出した健ちゃんにさんせいしました。
 三人の子供のそばで、はじめ君のセーターをあんでいたお母さんが「そうかしら。でもねのぼるちゃん、お金がなくなっても、人間すぐ死んだりしないわよ。
 人間は何がなくなったら死んじゃうのかな?」「あッ、空気だ!」とつぜんはじめ君が、すっとんきょうな声でさけびました。
「ホッホッホッホ…ご名答でした。そう、空気がなかったら、人間すぐ死んじゃうわ、人間だけじゃない、犬だって猫だって、鳥だって、みいんな死んじゃうのよ。そうなると、空気はとっても、とってもだいじなものだって、わかるでしょう」「あッそうか、まいった!」健ちゃんがざんねんそうに頭をかきました。
「あら健ちゃん、まいるのはまだ早いわよ。だってね、空気だけいくらあっても、人間それだけでは生きていかれないわ。さあ、何が足りないかしら?」「ううん…ううん、食べ物ッ!」はじめ君がまた大きな声で叫びました。
「そうね、もちろん食べ物はだいじよね。だけどその食べ物さえ、もっとだいじなものがなければ、一つも作れないんだけどナ……サア、そのだいじなものって、一体なんでしょう?」
 三人が顔を見あっているのをみて、お母さんは「わからなかったら、みんな一ぺん外へ出て、空をみてらっしゃい]といいました。
 「ワーイ、外へ出よおッと!……空を見ろって?……ああ、わかったァ!」健ちゃんとはじめ君とがいっしょにさけびました。
 「それ、太陽でしょう?」のぼる君も叫びました。
 「そうよ、やっとわかったのね。お日さまが照らなかったら、世界中まっ暗でしょう。一年中夜だったら、それこそ大変ね。草も木もそだたないから、もちろんお米だって、パンになる小麦だって作れない。太陽が出なかったら、寒くて寒くて、みんなこごえて死んじゃう。だけどね、まだ足りないのよ、だいじなものが…」「太陽と……空気とォ……水ッ!」健ちゃんが自信まんまんにいいました。
 「ハイ、ご名答!水がなかったら、一日も生きていられない。お日さまが照るばかりじゃア、なにもかもカラカラにかわいちゃうものねえ。
だからどうしても水がいるのね。太陽は火のかたまりみたいなものだから、火と水と空気、この三つがそろわなければ、世界中の生き物は生きていかれないの。
 これで一番大切なものがわかったわね。みんな。きょうはこれだけにして、またこんどお話しましょうね。」

2009年8月19日水曜日

父が子に語る昔話し

父が子話した童話「はだか兎 」
素盞鳴命から何代も何代もたってから、大国主命という神様がお生まれになりました。 不思議なことに、大国主命には別に、「大あなむらじの命」だの、「あしはらしこをの命」だの、「八千ほこの命」だの、「うつしくにたまの命」などといういろいろなお名がついておりました。 
この大国主命には八十神といって、とても大勢のお兄様がありました。ところがどうしたことか、大国主命はとても慈悲深いやさしいお心でいて、だれも相手ができないほど強くて、勇ましいお方だったのです。
 それなのにどうしたわけか、大勢のお兄様たちは揃いも揃って、とても意地悪の、根性曲がりばかりでした。
 ちょうどこのころに、因幡の国に八上姫という、とてもとても綺麗なお嬢さんが住んでいました。
 なにしろ評判の美人でしたので、大国主命のお兄様は、ぜひ八上姫をじぶんのおよめさんにもらいたいと思っていました。
 そこでいろいろと考えたすえに、弟の大国主命を騙して、自分達の召使と思われるような粗末な姿にさせました。
 そうして大国主命には、大きな袋をせおわせて、じぶん達はめいめいが、ピカピカ光る一番上等の、よそゆきの服を着ておめかしをしました。
 こうして歩けば、だれがみても大国主命はお兄様たちの召使にしかみえませんでした。
 こうしてみんなは八上姫のところへ出かけました。
 大昔のことですから、汽車も電車もありません。なにしろ遠い遠い因幡の国へ、テクテクと歩いてゆくのですから大変です。
 いくらげんきな大国主命でも、大勢のお兄様たちの荷物を一杯入れた大袋を背負ってあるくのですから、だんだんくたびれて、気多の岬というところへ来た時には、お兄様たちとは、ずいぶん離れてしまいました。
 「弟のノロマめッ」と、ののしりながら、身軽なお兄様たちは平気でずんずんすすんでゆきます。
 そのうちに一匹のうさぎが、どうしたわけか皮をはがれて、すっかり赤裸になって、寒そうに震えながら、泣いているではありませんか。
 もともといたずら好きの八十神たちは、兎が赤はだかになって泣いているのをみると、これは面白いとばかりに、
 「これこれ、おまえはヒドク寒そうじゃないか。早くあったかくなる方法を教えてやろう」
 「ありがとうございます。どうかよろしくおねがいいたします」
 「よしよし、まず海へ行って、うんと潮水をあびて来い。
 そのあと岩さきに立って、よく風に吹かれるのじゃ。だんだんいい気持ちになって、ウツラウツラするうちに、まっ白な毛がフワフワ生えてくるぞ」
 さもほんとうらしく、八十神たちは口から出まかせのうそをついて、ペロリと舌を出して、行ってしまいました。
 うそとはしらない兎はもう大喜びです。八十神たちの後ろ姿を拝んで、さっそく教えられたとおり、一生懸命潮水をあびては、風に吹かれていましたが、いい気持ちになって、いまに毛が生えてくるどころか、潮水がかわいてくるのといっしょに、ピリピリとはだがさけてきて、そのさけ目から血がふき出てきたではありませんか。
 その痛いこと痛いことといったら、兎はとてもがまんできません。兎はそこら中をころげまわって、「痛いよ!痛いよ!」と泣きさけんでいるところへ、お兄様たちからすっかりおくれてしまった大国主命が通りかかりました。
 泣きさけんでいる兎をごらんになった命は、「オイオイ、どうしたんじゃ」
 とおききになりました。命のお声をきいた兎は、おそるおそる命を見上げますと、さきに大勢通りすぎて行った八十神たちとは、すっかり様子がちがいます。
 そまつな服をきているのに、この人は見ただけで、とてもやさしそうな目をしていて、まるっきり感じがちがいます。
 そこで兎は安心して、命にすっかりお話をしました。
 「わたくしはもともと因幡の者ですが、あるとき大洪水にあって、すんでいた竹やぶと一緒に流されて、おきの国へつきました。
 どうにかして故郷へかえりたいとおもって、いろいろ工夫をしましたが、空もとべないし、海をおよぐこともできません。